京都聖ステパノ教会 交流の広場
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チェルノブイリ
投稿者:
テッポウユリ
投稿日:2001年 2月27日(火)22時03分29秒
原発事故が起こったとき、私は
小学生
でした。
ソ連が崩壊したとき、
中学生
でした。
あのころビルマがミャンマーに
なって、それを授業で指されて答えた記憶があります。
私は、核戦争への危機が、確かにうすい世代だと思います。>市川さん
先週は、
すてきなお花たち
に囲まれて礼拝できて、気持ちがほっこりと
やわらぎました。春ですねー。
あぶらむの里のことで思い出したのですが、確か有名な建築家の方が、
千里のほうの教会を建て代えた記録の本が出ていたと思うのですが、
どなたかご存知ですか。
予算がないからいい教会が建てられた、というようなキャッチフレーズ
がついていたような気がします。
こんにちは。
投稿者:
市川(フェア・トレードの会(箕面
投稿日:2001年 2月27日(火)14時25分10秒
シリウスは私のことをご存知なんでしょうか?ところでこの掲示板に書き込んでる方は文面からして学生さんが多そうですね。あくまでも私の憶測ですが。チェルノブイリ原発事故は、私が大学に入って間もない頃に起こりました。当時は、ソ連というとブレジネフ時代の影が色濃く、ゴルバチョフのペレストロイカも、西側を油断させる為のパフォーマンスと広く信じられていました。私の中学・高校時代は米ソ核戦争を非常に現実味のあるものと感じていましたが、どうも世代的にこの辺からやや下。現在の20代半ばと、後半の間くらいに世界観の大きな隔絶を感じるなですがどうでしょうか?文面を読んでの勝手な想像ですから間違い・失礼があったらお許しください。
はじめまして?
投稿者:
シリウス
投稿日:2001年 2月24日(土)23時00分32秒
ひさしぶりにここの掲示板を見ました。書き込みは初めてです。
もう随分と書き込みが無いですね。ここの掲示板は色んな方が書いてますね。面白いです。
ここのHPの他の所も覗いたんですが、文字化けがひどかったです。
ジュビリーの講演会に何度か行きました。次回3月3日2時 同志社今出川キャンパス
でやるやつ、私は行くつもりです。それから市川さん3月11日箕面文化センターでの
セミナー「ショッピングで国際協力」頑張って下さい。講師の池住さんってとっても
雰囲気のいい人ですよね。今年ももう2月の終わりですね。
そうそう今日ステパノのお花御披露目会に行ってきました。香風流の荻野先生始め門下生が
生けられた花がとっても奇麗でした。
教会の礼拝堂があんな風にお花の御披露目のために使われるなんてとても新鮮に感じました。
明日の礼拝は展示されたお花と一緒に行われるそうです。楽しそう。
ではまた、スパシーバ
(無題)
投稿者:
市川(フェア・トレードの会(箕面
投稿日:2001年 1月23日(火)16時46分21秒
掲示板への書き込み少ないみたいですが。他の教会とのweb上での、協力とかできないんでしょうかね。ところで、先週の土曜日梅田の聖パウロ教会でJubileeの会議が、あったようですが。どんな感じだったのでしょうか?行こうかなとも思ってたのですが、なんと雪が降り出してきたのでやめました。Jubileeの会議って、京都が中心みたいですが、阪神地域の住民としては、微妙な距離にあります。いっていけないことは無いのですが。遠いといえば遠い。
ところでこの掲示板にチェルノブイリ原発事故の、被害者の支援に取り組んでおられる方が投稿されてますよね.尊敬します。私は、大学が、ロシア語専攻でしたので、旧ソ連地域の出来事は、今でも気になります。(ロシア語すっかり忘れてますが)
一月が行ってしまう・・・
投稿者:
初来訪
投稿日:2001年 1月19日(金)01時35分17秒
初来訪(何度も来てますが)です。
最近この掲示板に書き込みが少ないところを見ると、(自分も含め)慌ただしい1月を送られているのかなと思ったりします。
一月はいく、と言いますが、本当にあっという間に月末です。年賀状書かないと・・・とすでに半月以上言い続けていることになりますが、さすがに「明けましておめでとう」とは書きづらいものがあります。この調子でいくとあっと言う間に二月は逃げ、三月は去ってしまうんでしょうか・・・。あなおそろしや。のんびり行きたいものです。
ところで、ステパノのクリスマス礼拝、私は出席できなかったのですが、いかがだったのでしょうか。空気の冴えた日で、静かに迎えられたことと思います(深夜礼拝には、酒乱のウワサのある特別ゲストが「またも」飛び入り出席してたと伺いましたが。楽しかったご様子ですね)
鉄砲百合さん、試験頑張って下さいね。関門海峡のこちらから応援しています。
世紀の移り変わりのときに、ステパノ教会はじめ多くの方とつながりを持てたことを嬉しく思っています。今年もまた時々京都へ伺うと思いますが、日曜日の礼拝でみなさんにお会いできるのを楽しみにしています。
今年もどうぞよろしくお願いします。
こんにちは
投稿者:
鉄砲百合
投稿日:2001年 1月15日(月)09時12分38秒
昨日はご心配をおかけしました。
お電話ありがとうございました。
1月いっぱい大学の試験なので、少し教会をお休みします。
もうすでに一週間家にこもっているだけで、ストレスがたまってきて
います。
そんなわけで(?)、現実から逃避するためにインターネットをしていると
おもしろいものを見つけました。
WebLingというものをみなさんご存知ですか?
それに加入すると、勝手にぐるぐるリンクされるものです。
その中で、「クリスチャンりんぐ」というものを見つけました。
いろんなホームページが、クリスチャンというだけで
繋がっていて、見ているだけでもおもしろいです。
http://www.j-grace.com/lambkin/index2.html
よかったら行ってみてください。
こんにちは。
投稿者:
市川
投稿日:2000年12月16日(土)02時28分41秒
チョコチョコ読ませていただいてます。12月4日が最後になってますけどトラブルかな?それとも本当に投稿がないのでしょうか。尼崎の原田先生へ、6月18日にjubileeの集会であった市川です7月からネットに接続してます。
冬支度
投稿者:
鉄砲百合
投稿日:2000年12月 4日(月)22時58分25秒
「ナージャの村」と、チェルノブイリの情報ありがとうございました。>初来訪さん
資料のこと、また小林先生に聞いておきます。
4月の関西での交流会、すごく興味があります。参加できたらいいなあ。
毎日寒いですね。みなさんお体お気をつけください。
インフルエンザは今年はどうなのでしょうね。あんまり流行らないといいですね。
HP
投稿者:
初来訪
投稿日:2000年12月 3日(日)07時32分49秒
HPアドレス訂正:
http://www.cher9.to/
です。開こうとして下さった方もおられたらと思い、再度。
ステパノのきれいなページに比べ、なんだかセンスないページですみません。
これからもうちょっと読みやすくしていく予定です。
ナージャの村
投稿者:
初来訪
投稿日:2000年12月 3日(日)07時25分17秒
偶然にも「ナージャの村」の名前が出たのでびっくりしました。私はベラルーシで、その映画の撮影に立ち会ったことがあります。4年前、スタディーツアーでベラルーシへ行った時、監督の本橋成一さんと同じ宿舎に泊まりました。
私は「チェルノブイリ支援運動・九州」(
http://www.cher9.to/)という、ベラルーシでの医療支援に取り組んでいる団体の事務スタッフを手伝っています。ベラルーシは、ウクライナの北方、ポーランドの東に位置する国で、チェルノブイリの放射能の70%がこの国に降り注ぎ、国土の3分の1が汚染されたと言われている国です。
「ナージャの村」は、同じく国内で活動していて、わたしたちの団体とも親しい「チェルノブイリ連帯基金」(長野)関係者が、「ただ悲惨だということではなく、ベラルーシの豊かな自然と文化を伝え、チェルノブイリ原発事故を経験し、その中で「今」を生きる人々の姿を伝えたい」と制作されたものだそうです。
日本で見る「チェルノブイリ」には、悲惨さや恐怖感のみで訴えられている面もあると少し思います。毎日、悲しみに暮れて送っているわけじゃない。多くの人の命を奪い、事故後14年になる今でもあらゆる形で「起きなくても良かったはずの」問題が起きています。どんなに厳しい現実でも、まっすぐに立ち向かって行かなくてはいけない。
私はよく、人間のたくましさに心を打たれるとともに、不条理感も感じます。なぜ、こんなことが起きなければならなかったんだろうかなぁと思う。
ベラルーシの人々への調査・取材を通じて、多くの人も「どこへぶつければ良いか分からない気持ち」を持っていると知りました。旧ソ連政府が悪いのか、ずさんな管理が悪いのか、そこに生まれたことが悪いのか。いくら考えても答えば出ず、死んだ人も帰っては来ない、私たちは現実を見つめ前向きに生きていくことしかできない、と。
一時子ども達に甲状腺ガンが急増したことがありました。小児甲状腺ガンの恐ろしいことは、ベラルーシの医療技術では良性・悪性の診断が難しいことと、何よりも、一旦甲状腺を摘出してしまうと、一生ホルモン補助剤(ビタミン、カルシウムなど)を飲み続けなければならないことです。甲状腺は、のどにあるチョウチョの形をした器官で、さまざまな成長ホルモンを作っているからです。しかも、薬は恐ろしいほどに不足していて、私たちの団体からの支援でもまったくまかなえないほどです。日本では100万人に一人、それも小児甲状腺ガンのケースは、専門医でも一生に一度診察するかしないかの頻度でしか起こらないそうです。日本の20年前と言われるほどの遅れた医療体制や、恒常的な経済混乱が、ベラルーシにさらなる不幸を起こしてしまっています。
今、わたしの団体では事故後15年目に当たる2001年4月に大きな企画を予定しています。ベラルーシから24才の女の子(甲状腺ガン手術を受け、今は自分のように心に傷を受けた人たちのカウンセラーをしている)と、手術を受けた青年たちやハンディキャップを持つ青年の自立のために、木工や刺繍などの工房を作っている夫妻(甲状腺ガンの発見の遅れのため、子どもさんを亡くされています)を招き、4/14から各地で報告会・交流会を開く予定です。
関西でもおそらく開催されるので、その節はよろしかったらみなさんぜひご来場下さい(京都でもされませんかー?)。ひょっとしたら私が全行程同行するかも?この女の子の方は特に親しい友達なので、本当にぜひステパノのみなさんにもご紹介したいです。
ナージャの村についてだったのに、ちょっと話が広がってしまいました。ステパノ教会小林先生にも、資料をお渡ししているかも?関心をお持ちの方はぜひどうぞ。
以上は、新着順81番目から90番目までの記事です。
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